第76球「夏将軍」(2002.7.9)

 いよいよ夏の甲子園予選が始まる。三年生にとっては、負けたら即自分の高校野球生活が終了してしまう、という極限のプレッシャーの中で戦うトーナメントは、見ている者に否応無しに感動を与えてくれる。やれ野球留学がどうとか、高校野球らしさとかを求める輩にしてみれば、最近の高校野球の風潮を良し、としないムキもあるが、高校生がそういう状況下で必死にプレーする姿は、いつの時代も変わらないと俺は思っている。野球に限らず、どんな部活動にしても、だ。

 そういう状況下において、自分の力を出し切れないで悔いの残る夏を終える選手もいる。いや、そういう選手がほとんどなのだろう。実際俺自身もそうだった。自分の力を出し切ることが、こんなに難しいものなのか、ということを痛感したものだった。自分の力を出し切るためには、何かを信じて腹を括ることが必要だ。日々の練習、監督コーチの教え、そしてそのチームの持つ伝統。そういう要素が僅かではあるが自分の力にプラスアルファを与えてくれる。腹を括れるというのは、ここ一番で大きな力になるのだ。

 突出した選手はいないけれども、夏の甲子園ではなぜか力を発揮する高校がよくある。そういう高校をひとつ挙げようとすると、俺は松山商業を思い浮かべる。今回のコラムの題名にある「夏将軍」の異名を持つ愛媛の古豪だ。実際見たことはないけれども、高校野球に関する文献や雑誌などを読むにつけ、伝統に沿った昔ながらの練習を積み重ねているという。今やスポーツ科学が発達し、様々な練習方法が開発され、昔ながらの野球の常識が次々と覆されている中で、むしろ時代に逆行しながらも、飄々と力を発揮する彼らの原動力は何なのだろうか。

 俺が思うに、野球をする上での「筋」なのだ、と思う。時代が変わろうと、常識が変わろうと、基本的な根っこの部分は何一つ変わることがないのだ。戦術しかり、チーム作りしかり。その「筋」を頑なに守りつづけている高校、それが松山商業なのではなかろうかと思う。これは草野球チームにしてみても大いに参考になる。それは草野球チームのチームカラーであり、試合や大会に対するスタンスであり、チーム運営の理念である。それらを変えてしまおうとすると、そのチームは駄目になると思う。もし、そうしたければ、チームを一から作り直すことが必要だ。自分達の「筋」を決めなおすことが必要だ。

 俺は今年も夏将軍を甲子園で見てみたい。いつ出場しても同じ戦い方を変えないその頑固なまでの「筋」を感じさせて欲しい。そういう意味では、松山商業に限らず、いわゆる「伝統校」と呼ばれるチームを俺は応援したい。