第34球「バッティングセンタにて」(2001.8.20)

 先日バッティングセンタに行った時のこと。いつものように俺は窓口で1000円札を100円玉に崩し、入念にストレッチをした後で打席に入り、打ち込みを開始した。俺が通っているバッティングセンタは小さいところで、わずか3打席しかない。しかも左打者が打てるスペースは真ん中の一箇所しかなく使用頻度が高い。だから、混雑している時は順番を待つ人が俺の打撃を観察しているのだ。何となくプレッシャーを感じる一時である。 

 バッティングセンタでのテーマはただ一つ、「左方向に強い打球を打つ」ことである。単調なタイミングで投げてくるマシンに対し、「1・2の3」で打つと、経験上実際の投手と相対した時には大概右肩が早く開いてしまう(俺は左打ち)。つまり練習すればするほどフォームを崩すことになる。そんなことを意識しながら、打ち込みを繰り返していたのだ。

 すると隣の打席から「兄ちゃんタイミングが遅れているよ」と俺にアドバイスをする声が。近所の小学生だろうか。一丁前に自分のバットを持ち込んで、俺と同じように打ち込みをしている。「球速に負けているよ。もっとタイミングを早く取らなくちゃ。」 俺は苦笑いを浮かべながら打っていると、その少年の父親だろうか、「違うぞ、この兄さんは意識して左方向に流しているんだぞ。お前も打ちたかったらあのバッティングをマスターするんだぞ。」すると彼は負けじと右打を始めたのだった。技術論はさておき、逆方向に打つというのは結構難しい。

 「そんな簡単にはいかないぞ」と思いながら俺は更にコインを入れバッティングを再開した。すると今までにも増してきつい視線を感じたのだ。そう、隣の少年である。食い入るように俺を見つめている。そして俺が打ち終わると少年は言うのだった。「兄ちゃん、俺にもその打ち方教えてくれよ。」

 少年は野球チームに所属しているものの、未だ補欠選手で、どうしてもレギュラーになりたくてバッティングセンタに通っているのだそうだ。俺はなんか非力で打てなかった昔の俺を見ているみたいで、親近感が涌いた。俺は基本中の基本「バットのおっつけ方」を身振り手振りで教えてあげて、そのまま少年の打席を見ることにした。最初は空振りばかりだったのが、段々チップが多くなり、最後には右方向に打球を飛ばせるようになったのだ。とはいえ5球に1球くらいですが。そんな少年の姿を見て、心底羨ましいなぁと思った。多分彼はまた野球が面白くなるに違いないからだ。そして俺は練習することの意味を改めてその少年に教えられたのだ。練習は「野球をさらに面白くするためにやるもの」だったのだ。苦しさだけがクローズアップされて練習をやりたがらないムキはあるが、本当はそうではないのだ。大きな間違いなのだ。

 「ありがとう」といって彼は父親と帰っていった。彼はレギュラー取れるかなぁ…。お礼を言いたいのはこっちのほうだよ